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静岡地方裁判所 昭和43年(ワ)373号 判決 1969年8月21日

原告

西ケ谷実

ほか一名

被告

清庵自動車運送株式会社

主文

被告は、原告両名に対しそれぞれ金三二三、五二九円を右各金員に対する昭和四一年九月三〇日から右支払い済みにいたるまで年五分の割合による金員を付加して支払うこと。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その四を原告両名の連帯負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告ら代理人は、「被告は、原告両名に対し各金四、四三九、八四五円およびこれらに対する昭和四一年九月三〇日から右支払い済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

一、原告両名は、訴外亡西ケ谷利夫の父母であり、被告は、訴外浦田賢一の雇用者であり、右浦田の運転した営業用運送大型トラック(静一あ四二二三―以下被告車という)の保有者である。

二、訴外西ケ谷利夫は、昭和四一年九月二九日午后三時四〇分頃清水市末広町五〇番地駅前交差点南約三〇米位の路上を自転車に乗って道路左端を清水港方面に南進中、方向転換して北に向かおうとして右折し道路中央付近にさしかかった際転倒し、折から興津方向へ向け北進してきた訴外浦田賢一運転の被告車に轢かれ、直ちに同市末広町吉永病院に収容、手当を受けたが、ついに同日午后七時頃右側腹部、式大腿挫傷、骨盤骨折および内臓破裂により同病院で死亡するにいたった。

三、右事故は、被告車の保有者たる被告会社の業務の執行中に惹起されたものであるから、被告は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条により右事故により生じた損害を賠償する義務がある。

四、損害額

(一)  逸失利益による損害

亡西ケ谷利夫は、当時一八才の健康な男子で原告西ケ谷実の経営する農業の手伝いをしていたもので、将来は原告実の跡をついで独立して農業を経営する筈であったところ、右利夫が独立農業経営できる年令を二六才とすると一八才から二五才までの八年間は、通常男子の農業従事者の労働賃金に相当する年収二二六、五九〇円を得、生活費として金一四四、一一七円を控除するも年間八二、四七三円の純収益を得られた筈で、これをホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して事故当時の一時払額に換算すると金五四二、六七二円となり、二六才以後は独立農業経営者としての労働可能年数三七年、年収一、一一九、七〇〇円を得、これより経費その他の支出を控除するも年間二八三、九〇〇円の純収益をあげ得た筈であって、これを前同様事故当事の一時払額に換算すると金五、八五四、〇一八円となる。

(二)  慰藉料

右利夫は、まだ一八才で、将来は農業自営の夢を持っていたのであるが、本件事故により四時間余の肉体的苦痛を受けたのち死亡するにいたつたもので、その精神的苦通は誠に甚大なものがあるので、これを慰藉せしめるには金二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

また、原告らは、一人息子を本件事故により失った悲痛は深刻で、爾来仕事もろくに手がつかない状態であり、これが精神的苦痛の慰藉料は各自につき金一、〇〇〇、〇〇〇円ずつをもつて相当とする。

五、以上の損害額に対し、原告らは、保険給付金一、五〇〇、〇〇〇円および被告より見舞金等として金一七、〇〇〇円を受領しているので、これを控除し、右利夫の死亡により同人の財産上、精神上の損害賠償請求権を相続により各二分の一ずつ原告らが承断したから、結局原告らの被告に対する損害賠償請求権は各金四、四三九、八四五円となる。

よつて、原名らは、被告に対し右損害賠償として各金四、四三九、八四五円およびこれらに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四一年九月三〇日から右支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

被告代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張の請求の原因第一項の事実は認める。同第二項の事実中、被告車が原告主張の日時、場所において北進したことおよび訴外利夫が吉永病院に収容、手当を受けその後死亡したことは認めるが、被告車が轢過したことは否認する。その余は不知。同第三項は否認する。同第四項は争う。同第六項のうち、保険金、見舞金等を受領したことは認めるが、その余は争う。」と述べ、抗弁としてつぎのように述べた。

「本件事故は、被害者である訴外西ケ谷利夫の一方的過失に基因するものであつて、被告車の運転者である訴外浦田賢一には何ら過失がないから被告は損害賠償義務がない。すなわち、事故当時訴外浦田は材木を積載した被告車を運転して事故現場付近を北進し、清水駅前交差点にさしかかつたが、前面の信号が赤にかわつたので、その交差点から約六〇メートル位手前で一時停止した。その時被告車の前に七、八台以上の自動車が続いて停止していたし、後にも数台の自動車が止つていた。間もなく信号が青にかわり先行車が次々に進行したので、被告車もこれに続いて除々に発進したところ、一〇メートル位進行した際、右後方にガチヤンという音をきいたので、右浦田は突嗟に急ブレーキをかけて停止し、ドアーをあけて後方をみたら後輪付近に人が倒れていたので、いそいで車を少し後退させて飛降り、同人を抱き起してすぐ近くの吉永外科医院にかつぎこんだのである。当時右浦田は前方をよく注視して発進したのであるが、被害者がどうして被告車に接近したのか全く予期しないことであつた。原告の自認するところによれば、被害者は自転車に乗り反対方向に南進し、事故現場付近で方向転換して北に向かおうと右折し、道路中央付近にさしかかつて転倒したというのであるが、事実とすれば、現場は真中に路面電車の軌道敷幅員六・五メートルがあり、その両側にそれぞれ六・五メートルの車道部分のある市内随一の交通ひんぱんな道路で、かような道路を交差点以外の個所で転回しようとするのは、交通法規を無視する危険極まりない無謀な右折方法で到底常人のなすべき行為ではない。しかも、被害者は自転車の操縦を誤り、前輪が電車の線路にはさまつたか、スリップして転倒したものと思われる事情を併わせ考えると、本件事故は被害者の一方的過失によつて招いたものと断定することができる。」

原告ら代理人は、被告の右抗弁に対し「被告の無過失の主張事実は否認する。被害者が当時右折の挙に出たときは、反対側車道の車両は停止しており正常な交通を防害するおそれはなかつたのであるから何ら違法ではなく、被害者の自転車の速度および被告車の停止時の速度(時速二〇キロメートル)等と両車の接触部位を勘案すると、被告車の運転者ににおいて右前方を注視しておれば、被害自転車を発見し得たのに漫然進行を続けたために本件事故を惹起したものである。」と答えた。

〔証拠関係略〕

理由

一、〔証拠略〕によれば、被告は原告主張の被告車の保有者であるところ、被告の従業員である訴外浦田賢一が被告車を運行中、原告主張の日時、場所において原告両名の子である訴外西ケ谷利夫を被告車の右後輪で轢き、同人に原告ら主張の如き傷害を負わせた結果、同日午后七時三〇分清水市大和町吉永外科医院において死亡させたことを認めることができる。

二、被告は、右交通事故は被害者である訴外西ケ谷利夫の一方的過失に基因するもので、訴外浦田賢一運転手には過失がない旨主張するので、この点について判断する。

〔証拠略〕を総合するとつぎのような事実が認められる。

(1)  事故現場付近の道路は、中央部分に上り、下りの電車軌道を敷設してある幅員五・五メートルの軌道敷部分があり、その両側にそれぞれ平坦なアスワアルト舗装の幅員六・五メートルの車道部分があり、その外側にそれぞれ五メートルの歩道部分があるほぼ南北に通ずる直線の道路であるが、車輛の交通頻繁でその北方五、六〇メートルの個所が駅前交差点となつていて、信号機の設置があること。

(2)  浦田運転手は、被告車を運転して右道路の両側車道の軌道敷寄りの個所を北進してきたり、右交差点の六〇メートル位手前で前面の信号機が赤となつたので先行する七、八台の自動車に続いて停車し、やがて前面の信号機が青となつたので先行車に続いて発進し、一〇メートル位進んだとき、車体の右側でガチヤンと音がしたので急停車し、後方を見ると被害者が頭の方を車体の下に向けて右後輪のところに倒れているのを発見したので、二メートル位バックして車から降り、被害者を救出して付近の右吉永外科医院に運んだものであるが、右停車時まで被害者の自転車を全く発見せず当時の時速は約二〇キロメートルの速度で、後輪のあとに一・一メートルのスリップ痕が残り、また被告車の全長は七・六一メートルあり、運転席から後輪までの長さは三メートル位もあること。

(3)  当時右被告車の後方五ないし一〇メートル位の間隔でタクシーを運転して追随してきた訴外塩崎哲三運転手は、先行の被告車に続いて発進しはじめた頃右斜め前方二〇メートル位の軌道敷の右端あたりから自転車に乗つた被害者がゆっくりした速度で右折し、被告車の前を横断するような恰好で左に進行してくるのを発見したが、その直後頃右自転車が被告車の運転席に併行する形で右軌道敷の左側付近を北進するように見えた瞬間、被告車の右側八〇センチメートル位の間隔の軌道に車輪をはさまれたかしてハンドルの安定を失い、被告車の前輪と後輪の中間位のところで左側に倒れ、被害者は頭の方から被告車の右後輪の前に転げ込んでこれに引きづられるような状態で轢かれてしまったこと

(4)  被害者は、当時一八才であるが、小学校は二年位で中退しやや知能が遅れていた者であって、当時母親から同市万世橋にいる姉妹のところに着替えを持参するように云われて、右現場付近の東側車道を自転車に乗つて南進してきたところ、その着替を忘れたのを思い出してその現場付近で転回の挙に出ようとしたものであること。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実に徴すると、被害者である右利夫は、事故現場付近で所用を思い出して引返すべく、右折して西側車道に信号待ちのため停止している被告車の前面を横切ろうとしたところ、青信号のため被告車が進行しはじめたため、電車軌道敷の上で自転車の首を北に向けて進行しようとして車輛を軌道の間にはさみ、ハンドルの安定を失つて転倒するにいたつたものと考えられるけれども、右のような電車軌道敷のある交通頻繁な道路上を自転車に乗つたまま転回しようとするのは、危険極りのない行為であつて、同人に重大な過失のあつたことは否定し得ないところであるが、被告車の如き全長七メートルもある大型車を運転する訴外浦田運転手においても、右のように信号待ちでつながつて停止している

車輛の間を縫うようにして横断の挙に出ようとする者のあることは全く予期し得ないわけではないから、青信号によつて前車に続いて発進する際には、前方はもとより左右にもよく注視して、かような者を早期に発見して臨機の措置をとり得るような速度と方法で進行すべき注意義務があるものというべきところ、同人がかような注意義務を尽したことを肯認するに足りる証拠はなく、かえつて右浦田運転手が発進前中央軌道敷部分の右側車道の南進車輛の有無等についても注意を払つたならば、被害者が右折の挙に出ていることを発見し得たのではないか(ひいては右自転車の転倒前に急停車の措置をとり得たのではないか)との疑いを消し去ることはできないのであつて、結局この点において、同運転手に過失が無かつたものと認めるわけにはいかないものというべきである。

したがつて、被告の自賠法第三条但書の免責事由の主張は、被告車に構造上の欠陥または機能上の障害がなかつたかどうかについて判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。

三、そこで原告ら主張の損害額について検討する。

〔証拠略〕によれば、被害者である右利夫は、昭和二三年八月一〇日生れの健康な男子で、他には三人の娘があるのみの原告両名の一人息子であつて、田二反五畝、茶畑三反五畝他山林などを所有して農業を経営する当時五八才の原告実の後継者として、知能程度は前記のようにやや劣るが、当時その農作業の手伝いも一人前にやつていたことおよび原告実は右農業経営により肥料などの経費を除き年間少くとも七四〇、〇〇〇円の収益をあげていたもので、その農業経営には原告両名と右利夫が従事し、その労働寄与率は右利夫が二・五割、原告西ケ谷美代が一・五割、原告実がその残り六割程度であつたことが認められるので、右利夫が本件事故に遭遇しなければ、原告実および右利夫の年令、性別、健康状態、労働の種類、態様等に徴し、原告実が労働可能の長くとも向後八年間は右利夫において原告実経営の農業を手伝うことによつて年間一八五、〇〇〇円の、その後は右利夫において労働可能の少くとも三七年間は農業経営者として原告実と同額の年間四四四、〇〇〇円の収益を継続して得られたであろうと推測することができ、なお、原告らの有農業規模、家族状況からして右利夫本人の生活費は年間一二万円程度とみるのが経験則上妥当であるから、これを控除した残りの純収益につき、ホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の一時払い額に換算すると、初めの八年間の分は

65.000×6,58862764(年利5%,期数8の単利年金現価率)

なる算式により金四二八、二六〇円となり、その後の三七年間の分は

324.000×{23,23071724(前同期数45の単利年金現価率)-6,58862764(前同期数8の単利年金現価率)}

なる算式により金五、三九二、〇三七円となるので、右利夫の逸失利益相当の損害額は合計金五、八二〇、二九七円となる。

しかしながら、本件事故の発生については被害者である右利夫に重大な過失の存すること前記認定のとおりであるから、これを斟酌すると、被告の賠償すべき金額は右損害額の二割に当る金一、一六四、〇五九円をもつて相当とする。

つぎに、右利夫は事故当時一八才の春秋に富む身であるのに、本件事故に遭遇し、判示の如き重傷を受け、四時間後に死亡するにいたつたものでその肉体的精神的苦痛の甚大であることはいうまでもないところであつて、右事故発生についての被害者自身の過失その他の事情を勘案するとこれが慰藉料としては金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とし、また、原告両名が本件事故によりその一人息子である右利夫を失つた悲しみもまた察するに余りあるものであつて、これが慰藉料としては右被害者自身の過失その他の事情を勘案すると、各金二五〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

四、しかして、原告らは、保険給付金一、五〇〇、〇〇〇円および被告より見舞金等として金一七、〇〇〇円を受領し、これを右利夫の損害賠償請求権より差引くことを自陳するので、残額は金一四七、〇五九円となるから、右利夫の死亡により原告両名は相続により各二分の一の金七三、五二九円(円未満切捨)ずつを承継取得したものということかできる。

五、よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、以上の計各金三二三、五二九円およびこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四一年九月三〇日から右支払い済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべく、その余は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

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